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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)313号 判決

東京都港区三田五丁目二番一八-三一三号

原告

沢節子

右訴訟代理人弁護士

南木武輝

東京都港区芝五丁目八番一号

被告

芝税務署長 市岡冨士雄

右指定代理人

竹村彰

堀久司

瀬戸稔

笹崎好一郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対し平成五年二月二二日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の昭和六二年分以後の青色申告の承認の取消処分

二  原告の昭和六二年分ないし平成元年分の所得税の各更正処分

三  原告の平成二年分及び平成三年分の所得税の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、平成五年七月二日付け各加算税変更決定により一部取り消された後のもの)

第二事案の概要

本件は、原告の昭和六二年分ないし平成三年分(以下「係争各年分」という。)の所得税の調査の際に税務署職員から帳簿書類の提示を求められたにもかかわらず、原告がこれに応じなかったことを理由として、被告が所得税法(以下「法」という。)一五〇条一項一号に基づき、原告の昭和六二年分以後の所得税の青色申告の承認の取消処分(以下「本件青色取消処分」という。)をするとともに、係争各年分の所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)並びに平成二年分及び平成三年分の所得税の各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件青色取消処分、本件各更正処分と併せて、「本件各処分」という。)をしたところ、原告がこれを不服として本件各処分(ただし、本件各賦課決定処分については、その後にされた各加算税変更決定により一部取り消された後のもの)の取消しを求めた事案である。

一  関係法令の規定内容

1  青色申告の承認を受けている居住者の帳簿書類

青色申告の承認を受けている居住者(以下「青色申告者」という。)は、大蔵省令で定めるところにより、不動産所得、事業所得及び山林所得を生ずべき業務について帳簿書類を備え付けて、これに不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額に係る取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならない(法一四八条一項)。

そして、右の法の規定を受けて、所得税法施行規則(以下「規則」という。)は、青色申告者の備え付けるべき帳簿書類(規則五六条)、取引の記録等(同五七条)、取引に関する帳簿及び記載事項(同五八条)、仕訳帳及び総勘定元帳の記載方法(同五九条)、決算(同六〇条)、貸借対照表及び損益計算書(同六一条)、親族の労務に従事した期間等の記帳(同六二条)、帳簿書類の整理保存(同六三条)、帳簿書類の記載事項等の省略又は変更(同六四条)について規定している。

2  青色申告の承認の取消し

青色申告者がその年における不動産所得、事業所得及び山林所得を生ずべき業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存を法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところ、すなわち、右の規則五六条ないし六四条の規定に従って行っていない場合には、納税地の所轄税務署長は、その年までさかのぼって、青色申告の承認を取り消すことができる。そして、この場合において、その取消しがあったときは、その居住者の当該年分以後の各年分の所得税について提出したその承認に係る青色申告書は、青色申告書以外の申告書とみなされる(法一五〇条一項一号)。

二  争いのない事実

1  原告は、東京都中央区銀座八丁目五番一三号マキシドビル地下一階において「スウェリー」の屋号でクラブ(ただし、昭和六二年一二月三一日閉店。以下「スウェリー」という。)及び同区銀座五丁目四番五号萬寿園ビル五階において「ダイレクト」の屋号で麻雀荘(以下「ダイレクト」という。)を経営していたほか、不動産貸付業を営んでいた者であり、係争各年分の所得税について被告から青色申告の承認を受けていた。

2  原告は、係争各年分の所得税について、その確定申告書(損失申告用)を青色申告により各法定申告期限内に被告が提出した。

3  被告は、原告が昭和六二年一二月にスウェリーを廃業しているにもかかわらず、スウェリーに係る多額の貸倒金等を記載した平成元年分の所得税青色申告決算書(一般用)を同年分の確定申告書に添付し、その損失金額をダイレクトに係る事業所得と合計して事業所得欄に記載していること、原告がアメリカ合衆国において不動産を購入していることなどから、その申告所得金額が適正であるか否かについて被告所部係官武川正樹(以下「武川調査官」という。)に調査を命じた。

4  被告は、平成五年二月二二日付けで、原告に対し、原告の昭和六二年分以後の所得税の青色申告の承認を取り消す旨の本件青色取消処分を行うとともに、係争各年分の所得税について本件各更正処分を行い、併せて平成二年分及び平成三年分の所得税について過少申告加算税を賦課する旨の本件各賦課決定処分を行った。

本件青色取消処分の理由は、原告の係争各年分の所得税の調査の際に調査担当職員が、平成四年一〇月二三日、同年一一月四日、平成五年二月九日の三回にわたり、原告に対し昭和六二年分の不動産所得を生ずべき業務及び事業所得を生ずべき業務に関する帳簿書類の提示を求めたところ、原告は「帳簿書類は捨てた」等の理由によりこれを提示しなかったので、法一五〇条一項一号の規定を適用したというものであった。

また、本件各更正処分は、本件青色取消処分により、係争各年分の純損失を翌年以後に繰り越すことができないこと並びに昭和六二年分及び平成元年分ないし平成三年分の不動産所得の金額の計算上青色申告控除額(平成四年法律第一四号による改正前の租税特別措置法二五条の三第一項による控除額。以下同じ。)を控除することができないことのほか、平成二年分及び平成三年分の不動産所得について、さくら銀行からの借入金五〇〇〇万円(以下「本件借入金」という。)に対する支払利子の必要経費算入は認められないことなどを理由とするものであった。

5  原告は、本件各処分を不服として、異議申立て及び審査請求をしたが、異議申立ては平成五年七月五日付け決定により、審査請求は平成七年九月一四日付け裁決により、いずれも棄却された。

なお、本件各賦課決定処分については、いずれも被告の平成五年七月二日付け各加算税変更決定により一部取り消され、右各処分に係る過少申告加算税が一部減額された。

6  以上のほか、本件各処分の経緯等は、別表一ないし七記載のとおりである。

三  本件各更正処分等の根拠

本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の根拠に関する被告の主張は、次のとおりである(なお、以下において、かっこ内に「争いがない。」と記載したものは、その金額について当事者間に争いがないものであり、また、△を付した金額は損失金額を示すものである。)。

(本件各更正処分について)

1 係争各年分の総所得金額及びその計算根拠について

(一) 昭和六二年分

(1) 事業所得の金額 △ 八一五万四四五七円

(争いがない。)

(2) 不動産所得の金額 三七万五五八〇円

右金額は、原告が昭和六二年分の確定申告書に不動産所得として記載した金額二七万五五八〇円(争いがない。)に、右確定申告書において控除されていた青色申告控除額一〇万円を加算した金額である。

なお、右控除額の加算は、本件青色取消処分により青色申告控除が認められなくなることによるものである。

(3) 総所得金額 △ 七七七万八八七七円

右金額は、右(1)及び(2)の合計金額である。

(4) 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

右金額が零円となるのは、本件青色取消処分により、昭和六二年分以後において生じた純損失の金額を翌年へ繰り越すことができなくなることによるものである。

(二) 昭和六三年分

(1) 事業所得の金額 △ 二二六二万六六五四円

(争いがない。)

(2) 不動産所得の金額 △ 一三一万五五七四円

(争いがない。)

(3) 雑所得の金額 七九万七四二七円

(争いがない。)

(4) 総所得金額 △ 二三一四万四八〇一円

右金額は、右(1)ないし(3)の合計金額である(争いがない。)。

(5) 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

右金額が零円となるのは、前同様の理由による。

(三) 平成元年分

(1) 事業所得の金額 △ 一九七二万五九四一円

(争いがない。)

(2) 不動産所得の金額 △ 一四九万二二七〇円

右金額は、原告が平成元年分の確定申告書に不動産所得として記載した金額一三九万二二七〇円(争いがない。)に、右確定申告書において控除されていた青色申告控除額一〇万円を加算した金額である。

なお、右控除額の加算は、前同様の理由による。

(3) 総所得金額 △ 一八二三万三六七一円

右金額は、右(1)及び(2)の合計金額である

(4) 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

右金額が零円となるのは、前同様の理由による。

(四) 平成二年分

(1) 事業所得の金額 △ 二二六万八〇九三円

(争いがない。)

(2) 不動産所得の金額 △ 二〇七五万八〇六三円

右の金額は、次のアからイないしエを控除した金額である。

なお、前同様の理由により、青色申告控除は認められない。

ア 総収入金額 三八五九万九七八九円

(争いがない。)

イ 地代家賃の額 九〇四万九三六六円

(争いがない。)

ウ 借入金利子の額 一一六万二一一六円

(内訳)

a 住宅金融公庫 六万二一七一円

(争いがない。)

b さくら銀行 一〇九万九九四五円

なお、本件借入金に対する支払利子三八二万七二〇六円は不動産所得を得るために支払った利子とは認められないから、必要経費に算入することはできない。

エ その他の必要経費の額 七六三万〇二四四円

(争いがない。)

(3) 雑所得の金額 一〇七万六六六七円

(争いがない。)

(4) 総所得金額 一九五六万六六三七円

右の金額は、右(1)及び(3)の合計金額である

(五) 平成三年分

(1) 事業所得の金額 △ 一九二万二四五八円

(争いがない。)

(2) 不動産所得の金額 △ 一五四一万四三三三円

右の金額は、次のアからイないしエを控除した金額である。

なお、前同様の理由により、青色申告控除は認められない。

ア 総収入金額 二三〇〇万四三〇五円

(争いがない。)

イ 地代家賃の額 七二万一六四七円

(争いがない。)

ウ 借入金利子の額 六万一七五七円

右金額は、住宅金融公庫に対する支払利子の金額である(争いがない。)。

なお、本件借入金に対する支払利子二四二万七七一七円は不動産所得を得るために支払った利子とは認められないから、必要経費には算入することができないものである。

エ その他の必要経費の額 六八〇万六五六八円

(争いがない。)

(3) 給与所得の金額 三五〇万五〇〇〇円

(争いがない。)

(4) 雑所得の金額 一四六万六一二七円

(争いがない。)

(5) 総所得金額 一八四六万三〇〇二円

右の金額は、右(1)ないし(4)の合計金額である

2 納付すべき税額及びその計算根拠について

(一) 昭和六二年分ないし平成元年分

納付すべき税額 零円

(争いがない。)

(二) 平成二年分

納付すべき税額 五六八万九二〇〇円

右の金額は、前記1(四)(4)の総所得金額一九五六万六六三七円から、原告の平成二年分の確定申告書の記載に基づく所得控除の合計額五九万三〇八二円を控除した課税総所得金額一八九七万三〇〇〇円(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)に法八九条一項(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの)の税率を乗じて算出した金額である。

(三) 平成三年分

(1) 課税総所得金額に対する税額 五三四万五二〇〇円

右の金額は、前記1(五)(5)の総所得金額一八四六万三〇〇二円から、原告の平成三年分確定申告書の記載に基づく所得控除の合計額三五万円を控除した課税総所得金額一八一一万三〇〇〇円(通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)に法八九条一項(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの)の税率を乗じて算出した金額である。

(2) 源泉徴収税額 四八万六四二〇円

(争いがない。)

(3) 納付すべき税額 四八五万八七〇〇円

右の金額は、右(1)から(2)を控除した金額(通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)である。

3 本件各更正処分の適法性について

本件各更正処分による係争各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、別表二ないし六記載のとおりであり、右各金額は、右1、2記載の係争各年分の総所得金額及び納付すべき税額と同額であるから、本件各更正処分は適法である。

4 本件各賦課決定処分の適法性について

原告は、平成二年分及び平成三年分の所得税について過少に申告していたところ、本件各賦課決定処分(ただし、平成五年七月二日付け各加算税変更決定により一部取り消された後のもの)は、通則法六五条一項及び二項の規定に基づき、本件各更正処分により納付すべきこととなった税額から同条四項に規定する更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められる事実に基づく税額を控除し、次のとおり計算した過少申告加算税の額をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件各賦課決定処分は適法である。

(一) 平成二年分 二〇万一五〇〇円

右金額は、平成二年分の更正処分により原告が納付すべきこととなった税額五六八万九二〇〇円から右の正当な理由があると認められた事実に基づく税額四一七万二四〇〇円を控除した金額一五一万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てたもの)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一五万一〇〇〇円と一五一万円から五〇万円を差し引いた金額一〇一万円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額五万〇五〇〇円を合計した金額である。

(二) 平成三年分 七万一〇〇〇円

右金額は、平成三年分の更正処分により原告が納付すべきこととなった税額五三四万五二〇〇円から右の正当な理由があると認められた事実に基づく税額四七〇万三六〇〇円を控除した金額六四万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てたもの)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額六万四〇〇〇円と六四万円から五〇万円を差し引いた金額一四万円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額七〇〇〇円を合計した金額である。

四  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、原告について青色申告の承認の取消事由があったか否か及び本件借入金の支払利子を平成二年分及び平成三年分の不動産所得又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるか否かであり、右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  原告について青色申告の承認の取消事由があったか否か

(被告の主張)

(一) 法一五〇条一項は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告の承認の取消事由としている。これは、当該納税者の帳簿書類について税務署長が法二三四条に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告の承認による特典を与えるという趣旨に出たものであると解される。したがって、青色申告者が、税務調査に際し、右帳簿書類の提示要求を拒否したため、その備付け、記録又は保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、法一五〇条一項一号の青色申告の承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。

(二) これを本件についてみてみれば、武川調査官は、原告に対し、平成四年一〇月二三日、同年一一月四日及び平成五年二月九日の三回の臨場調査において、係争各年分の事業所得及び不動産所得に係る帳簿書類の提示要求を行い、原告の税務代理人である村上健夫税理士(以下「村上税理士」という。)に対しても、平成四年一一月下旬及び同年一二月初旬の二回の同税理士事務所での面接の際のほか同税理士との電話連絡の際に、右の帳簿書類の提示要求を行い、かつ、原告及び同税理士に対して、帳簿書類の提示がない場合には青色申告の承認が取り消される旨も説明している。また、武川調査官の上司である八本輝雄統括国税調査官(以下「八本統括官」という。)も、村上税理士が平成五年一月中旬に来署した際に帳簿書類の提示がない場合には青色申告の承認が取り消される旨を説明している。

しかるに、原告及び村上税理士は、武川調査官及び八本統括官の帳簿書類の提示要求や青色申告の承認の取消しの説明に対し誠意をもって対応することなく、原告は、スウェリーに関する帳簿書類は捨てたなどと述べ、本件調査中に一度も右帳簿書類を提示することはなかった。また、不動産所得に係る帳簿書類についても、原告は、帳簿書類の一部である昭和六三年分ないし平成二年分の収入及び経費を記載したノート等を提示したのみであり、その余の帳簿書類の提示をしなかった。

(三) そのため、被告は、原告について法一四八条一項所定の青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないものと認定し、法一五〇条一項一号所定の青色申告の承認の取消事由に該当するものと認め、本件青色取消処分を行ったもので、右処分が適法なものであることは明らかである。

(原告の主張)

(一) 本件青色取消処分は、原告が昭和六二年分の不動産所得を生ずべき業務及び事業所得を生ずべき業務に関する帳簿書類の提示を求められたにもかかわらず、これに応じなかったことが理由とされているが、本件調査の過程において、右の帳簿書類の提示要求がされたことはなく、まして右帳簿書類の提示がなければ青色申告の承認を取り消す旨の警告は一度もされたことがなかった。

すなわち、原告は、昭和六二年分の帳簿書類を作成保存していたが、本件調査時点では既に五年前のものであり、原告の事務所に保管するスペースが不足していたことから、知人の経営する倉庫に保管してもらっていた。原告は、平成四年一一月四日の調査を受けた後、昭和六二年分の帳簿書類を事務所に取り寄せ、提示要求があればいつでもこれに応じられるよう準備をしていたが、武川調査官と村上税理士との間で、修正申告の内容について話合いが進められ、右帳簿書類については、提示要求がされなかったものである。

(二) 被告は、武川調査官が平成五年二月九日の臨場調査において原告に対し帳簿書類の提示を求めた旨主張するが、同調査官が予告なしに行った原告宅への右臨場調査は、それまでの調査の経過からみて著しく不当なものであった。すなわち、第一に、予告なしに原告宅に臨場しなければならない合理性は全くなく、第二に、本件調査については、村上税理士を通すことを約束しておきながら、同税理士に連絡もせずに原告宅に臨場したことは、右約束に違反するのみならず、形式的には税理士法三四条に違反し、本質的には税理士制度の存在意義を否定する行為であった。

右の臨場調査を受け、原告は、その場で村上税理士と電話連絡を取り、武川調査官に対し「村上税理士を通してください。」と述べ、その場での調査を拒否したが、原告の右の行為は正当であり、このことをもって、帳簿書類の提示を拒否したとみることは到底できない。

(三) 以上のとおり、原告が法二三四条の質問検査権に基づく帳簿書類の提示要求を正当な理由なく拒否した事実は全くないのであって、本件青色取消処分は、事実を誤認し、法一五〇条一項一号の解釈適用を誤った違法な処分として取り消されるべきである。

2  本件借入金の支払利子を平成二年分及び平成三年分の不動産所得又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるか否か

(被告の主張)

(一) 法三七条一項は、「その年分の不動産所得の金額・・・の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、・・・直接に要した費用及び・・・業務について生じた費用の額とする。」と規定しているから、ある支出が必要経費として控除され得るためには、別段の定めがある場合を除き、客観的にみて、それが業務と直接関連性をもち、かつ、業務の遂行上必要な支出でなければならない。

(二) 本件においては、原告は本件借入金を原告の主張する賃貸建物の建築費用の支払に充てたものではなく、他に本件借入金が不動産所得あるいは事業所得の各業務について生じた借入金であることを裏付ける証拠は存在しないのであるから、本件借入金に係る支払利子を不動産所得あるいは事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

(原告の主張)

(一) 原告は、昭和六二年四月二〇日、大栄住宅株式会社に対し、東京都目黒区鷹番三丁目所在の土地上に建物(以下「本件建物」という。)を建築する工事を請負代金五九六〇万円で発注した。請負代金は契約成立時に一二〇〇万円、完成引渡時に残金を支払い、工期を一八〇日以内とする約定であった。

(二) ところが、工事は大幅に遅延し、本件建物が一応完成して原告がその引渡しを受けたのは平成元年一一月末日であった。なお、原告は、同年一二月から本件建物を賃貸した。

本件建物の引渡しの後、原告と大栄住宅との間で工事代金支払のための交渉が始まり、原告は、工事代金の支払に備えて、平成二年一月三〇日、三井銀行(当時。以下、便宜上「さくら銀行」という。)神谷町支店から本件借入金五〇〇〇万円を借り入れた。

しかし、大栄住宅は、変更工事等による工事代金の増額を求め、他方、原告は工事遅延による損害発生を申し立てて、両者の間で話合いがつかず、結局、大栄建設は平成三年七月工事代金の支払を求めて訴訟を提起した。

(三) 原告は、本件借入金の利子の支払いを続けていたが、右の訴訟の長期化が予測されたことから、さくら銀行神谷町支店に次のとおり借入金元本を返済した。

(1) 平成二年二月から平成四年三月まで 毎月二七万八〇〇〇円ずつ、合計七二二万八〇〇〇円

(2) 平成二年一〇月四日 二七八万円

(3) 平成三年四月三〇日 一五〇一万二〇〇〇円

(4) 平成四年二月一二日 一〇〇〇万八〇〇〇円

(5) 平成四年四月一四日 一四九七万二〇〇〇円

(四) 右のとおり、本件借入金は、本件建物の建築費用として借り入れたものであるが、原告は、工事請負業者との間の訴訟の長期化が予測されたことから、これを工事請負業者に対する請負代金の支払に充てることなく、そのまま銀行に返済したものである。その間の支払利子については、不動産業のために支出した経費として、不動産所得又は事業所得の必要経費として認められるべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告について青色申告の承認の取消事由があったか否か)について

1  本件青色取消処分は、前記第二の二4記載のとおり、原告が税務調査の際に調査担当職員から帳簿書類の提示を求められたにもかかわらず、これに応じなかったことが理由とされているが、一般論として、青色申告者が、国税庁、国税局又は税務署の当該職員(以下「当該職員」という。)から、法二三四条の質問検査権に基づき、法一四八条一項により備付け等を義務付けられている帳簿書類の提示を求められたもかかわらず、正当な理由なくこれを拒否して帳簿書類を提示しない場合には、法一五〇条一項一号が定める青色申告の承認の取消事由である、帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていない場合に該当すると解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

すなわち、青色申告制度は、青色申告の承認を受け、青色申告書により申告をした納税義務者に種々の特典を与えることとして、納税義務者が自己の記録、保存している正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励することにより、申告納税制度が適正に機能することを目的とする制度であるから、納税義務者の帳簿の備付け、記録及び保存が正しく行われるとともに、その点を税務当局が確認できるということがその制度の当然の前提になっているものと考えられる。青色申告に関する法の規定をみてみても、法一四八条一項所定の帳簿書類の備付け等が行われていないことは、青色申告の承認申請の却下事由とされるとともに(法一四五条一号)、青色申告の承認の取消事由とされており(法一五〇条一項一号)、また、青色申告者については、原則として、その帳簿書類の調査を通じてのみ更正処分をすることができるものとされ(法一五五条一項)、いわゆる推計課税が禁止されている(法一五六条)など、単に所定の帳簿書類の備付け等が青色申告者の側において行われているということだけではなく、そのような帳簿書類の状況が当該職員の質問検査権に基づく調査により確認できる状態にあることを当然の前提としていると解される規定が置かれている。

右のような青色申告制度の趣旨及び青色申告に関する法の規定にかんがみれば、法一四八条一項所定の帳簿書類の備付け等の義務は、当該職員がその提示を求めた場合にはこれに応じ、当該職員において右帳簿書類を確認し得る状態に置くべき義務を当然に含むものと解するのが相当である。したがって、青色申告者が当該職員から帳簿書類の提示を求められたにもかかわらず、正当な理由なくこれを拒否して帳簿書類を提示しないことは、法一四八条一項により課された帳簿書類の備付け等の義務を履行していないものとして、法一五〇条一項一号の青色申告の承認の取消事由に該当するというべきである。

2  そこで、本件において、原告が調査担当職員から帳簿書類の提示を求められたにもかかわらず、正当な理由なくこれに応じず帳簿書類を提示しなかった事実があったか否かについて以下検討する。

(一) 本件青色取消処分の経緯

前記第二の二の争いのない事実と証拠(甲一(ただし、後記の不採用部分を除く。)、二、八(同前)、一〇の1、2、一六ないし二〇、二二(同前)、乙一ないし一一、証人武川正樹、同村上健夫(第一、二回(各同前))、同八本正輝、原告本人(同前))によれば、次の各事実が認められ、甲一、八、二一、二二の各陳述書のうち右認定に反する部分並びに証人村上健夫(第一、二回)及び原告本人の各供述のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 被告の所部職員である八本統括官は、原告が、〈1〉スウェリーを昭和六二年一二月に廃業しているにもかかわらず、スウェリーに係る多額の貸倒金等を記載した昭和六三年分及び平成元年分の決算書を右各年分の確定申告書に添付して、その損失金額をダイレクトに係る事業所得と合計して事業所得欄に記載していること、〈2〉昭和六二年分ないし平成元年分の各確定申告書に記載された所得金額が多額の赤字であるのに、昭和六三年中に大阪市内及びアメリカ合衆国において不動産を購入していることなどから、原告の申告所得金額が適正であるか否かについて調査の必要性があると判断し、平成四年一〇月初旬ころ、武川調査官に対し、原告の係争各年分の所得税の調査を指示した。

(2) 武川調査官は、永井明上席国税調査官と共に、平成四年一〇月二三日午前一〇時ころ、予告なしに原告宅へ臨場し、玄関先のインターホンを通じて原告に対し、「芝税務署の武川です。沢さんの昭和六二年分から平成三年分までの所得税の調査に来ました。」と告げたところ、原告が玄関のドアを開けたため、武川調査官らは、玄関の中に入れてもらい、原告に対し、それぞれ身分証明書及び質問検査章を提示しながら所属と氏名を名乗るとともに調査に応じるよう説明し、玄関ではなく、部屋の中に入れてもらいたい旨依頼したが、原告が部屋の中に入れることを拒否したため、武川調査官らは、やむを得ず、原告の玄関先で、調査を進めることにした。

武川調査官は、先ず、原告に対し、事業概況について質問したところ、原告は、〈1〉昭和五〇年にスウェリーを開業し、昭和六二年に廃業し、その後、同クラブの店舗を二、三年間転貸し、平成三年に同クラブを会社組織に改めると同時にその屋号を「エスエスコート」(以下、スウェリーと併せて単に「クラブ」という。)と変更したこと、〈2〉昭和五九年にダイレクトを開業したこと、〈3〉不動産所得に係る物件は右転貸に係るクラブの店舗を除き、原告の所有であることなどを述べた。

また、武川調査官は、原告に対し、事業所得及び不動産所得に係る帳簿書類等を提示するよう要請したところ、原告は、不動産賃貸の契約書は自宅にあるが、クラブ及び麻雀荘に関する帳簿書類等はすべて事務所に保管してある旨述べ、不動産賃貸料が振り込まれるさくら銀行神谷町支店の預金通帳を提示しただけであった。

そこで、武川調査官は、原告に対し、事務所へ同行して帳簿書類等を提示するよう求めたが、原告は、「急な調査は困る。」、「税理士にすべて任せており、私には分からない。」と述べて、これを断ったため、武川調査官は、その場での調査はこれ以上進展しないと判断し、原告に対し、同日の午後四時ころ帳簿書類等を検討するためにエスエスコートに赴くので、その際、不動産賃貸に係る契約書も用意しておくよう依頼し、原告宅を辞去した。

(3) 武川調査官らは、平成四年一〇月二三日午後四時ころ、原告の経営するエスエスコートに臨店し、原告に対し、所得税の調査である旨を再度告げ、事業概況を聴取した後、帳簿書類等の提示を求めたところ、原告からは不動産賃貸に係る契約書の一部の提示があったのみで、スウェリー及び不動産所得に係る帳簿書類の提示はなかった。

また、武川調査官らは、ダイレクトに係る帳簿書類等を確認するため、同店へ原告と同行し、原告が同店の営業を任せている長沢時枝から同店に係る事業概況を聴取するとともに、帳簿書類等の提示を要求したが、同日付けのものを含めその前数日間の売上伝票しか確認できなかったことから、それ以前の分の伝票の所在を尋ねたところ、長沢は事務所にある旨回答した。

武川調査官らは、原告らがいう事務所がエスエスコート及びダイレクトの店内ではなく、東京都中央区銀座八丁目一〇番八号所在のビルの中にあること(以下、この事務所を単に「事務所」という。)が判明したことから、原告に同行を求めて、事務所に臨場した。武川調査官は、事務所において経理を担当している相原君江から金銭の管理方法や経理方法について聴取した後、原告らに対して、再度、帳簿書類等の提示を求めたが、原告らが提示したものは平成四年一〇月分のダイレクトの伝票綴り、エスエスコートに係る平成四年一〇月までの売掛帳及び預金通帳五冊のみであった。武川調査官は、提示された書類だけでは所得税の調査ができないことから、原告に対し、スウェリー及び不動産所得等に係る帳簿書類等も提示するよう求めたが、原告は、「急に言われてもすぐ出せない。」と述べて、これらの帳簿書類を提示しなかった。

なお、右の調査の過程で、原告は、武川調査官らに対し、今後の調査は村上税理士を通してもらいたい旨述べたため、武川調査官らは、これを了解し、原告の事務所を辞去するに際し、原告に対し、後日再臨場するので係争各年分の帳簿書類等を準備した上、村上税理士と相談して連絡するよう求めた。

(原告は、本人尋問において、右調査の際に、スウェリー及び不動産所得に係る帳簿書類の提示要求はなかった旨供述するが、原告に対する調査は、原告が、スウェリーを昭和六二年一二月に廃業しているにもかかわらず、同クラブに係る多額の貸倒金等を記載した昭和六三年分及び平成元年分の決算書を右各年分の確定申告書に添付して、その損失金額をダイレクトに係る事業所得と合計して事業所得欄に記載していたことなどから、原告の申告所得金額が適正であるか否かを確認するために行われたものであり、その調査の目的に照らしても、武川調査官らがスウェリーに関する帳簿書類等の提示を求めなかったというのは明らかに不自然であり、原告の右供述は採用することができない。)

(4) 平成四年一〇月二六日、村上税理士から武川調査官に電話があり、武川調査官は、村上税理士との間で、同年一一月四日の午前一二時に係争各年分の所得税の調査で原告の事務所に臨場することを決め、その際、係争各年分に係る帳簿書類等を準備しておくよう同税理士に依頼した。

(5) 武川調査官は、平成四年一一月四日午前一二時ころ、事務所に臨場し、原告及び村上税理士に身分証明書及び質問検査章を提示し、改めて、係争各年分の所得税の調査である旨を告げ、事業概況を聴いたのち係争各年分に係る帳簿書類等を提示するよう求めたところ、原告は、〈1〉ダイレクトに係る平成三年一月分ないし平成四年一一月分の経費の領収書及び売上伝票、〈2〉エスエスコートに係る必要経費の領収書及び売上伝票、〈3〉不動産所得に係る昭和六三年分ないし平成二年分の収入及び経費を記載したノート並びに住宅金融公庫及びさくら銀行神谷町支店からの借入金返済予定表を提示した。そして、原告は、ダイレクトに係る帳簿書類等は古いものもあり、総勘定元帳はコンピューターに入力してある旨述べ、ダイレクトに係る平成三年一二月分の総勘定元帳を打ち出して提示したが、スウェリーに係る帳簿書類等は提示しなかった。

武川調査官は、提示された帳簿書類だけでは十分な調査ができないことから、原告に対し、「他の帳簿書類等はないですか。」と質問したが、原告は、「これが全部の書類で他のものはない。」と答えたので、武川調査官は、スウェリーの帳簿書類がなければ赤字の事実を証明できない旨を告げたが、原告は、「平成元年分以前の書類は破棄した。」旨述べた。

武川調査官は、やむを得ず、原告から提示された一部の帳簿書類等を検討したところ、〈1〉スウェリーに係る事業所得について、原告は昭和六二年一二月にこれを廃業しているにもかかわらず昭和六三年分及び平成元年分の収入金額及び必要経費を記載した決算書を右各年分の確定申告書に添付していること、〈2〉平成二年一月のさくら銀行神谷町支店からの借入金五〇〇〇万円(本件借入金)の使途が不明であること、〈3〉昭和六二年分及び平成元年分の株式会社サンフェルコからの家賃収入の計上がないことについて疑問を抱き、原告に対し質問したところ、原告は、〈1〉スウェリーに係る事業所得については、収入金額にはその店舗を転貸したことによる受取家賃収入と支払家賃を相殺した差額金額を収入金額に計上し、必要経費にはスウェリーを廃業した後に支払った残務整理に伴う金額を計上したこと、〈2〉本件借入金は本件建物の建築費用として借り入れたが、建築工事が遅延したため未払であり、本件借入金の使途は記憶にないこと、〈3〉サンフェルコからの家賃収入は計上漏れである旨を答えた。

これに対し、武川調査官は、「昭和六三年分と平成元年分のクラブの赤字は閉店後の費用だから所得税法六三条により、昭和六二年分の更正の請求をすべきだった。」旨述べ(なお、原告は少なくともダイレクトの営業を継続しているから、法六三条にいう「事業を廃止した」場合には該当しないと解されることなどから、武川調査官のこの発言は、当を得ないものであるが、原告の係争各年分の所得金額を確認するためには、いずれにしろ、スウェリーに関するものを含め係争各年分の帳簿書類を調査する必要があったのであるから、右解釈の誤りは、同調査官の帳簿書類の提示要求を違法・不当なものとするものでない。)さらに、昭和六二年分ないし平成元年分のスウェリーに係る帳簿書類並びに昭和六二年分及び平成三年分の不動産に係る帳簿書類等を提示するよう、また右帳簿書類が提示されないのであれば、青色申告の承認が取り消されることもあり、その場合には原告にとって不利な点もでてくることを説明して再度帳簿書類の提示を要求したが、原告は「ない。」「ないものはない。」と述べるのみで、他の帳簿書類を提示することはなかった。

そこで、武川調査官は、これ以上調査の進展が図れないと判断し、原告に対し、帳簿書類等があれば村上税理士を通じて連絡するよう依頼して事務所を辞去した。

(原告は、本人尋問において、原告は右調査の際に、武川調査官に対し、スウェリーに関する帳簿書類は倉庫に預けてあると述べた旨供述する。しかしながら、仮にそのような事実を原告が述べていたとすれば、武川調査官がその倉庫の所在を確認することは、税務調査において当然のことと考えられるが、武川調査官がそのような確認をした事実は認められない。また、右調査に同席した村上税理士も、原告が古い時期の帳簿書類について、「古いものだから、もう廃棄してしまったかもしれないし、どこかにあるかも分からない。」旨述べていた旨証言し(第一回証人尋問)、他方、原告が右調査の際に帳簿書類について倉庫に預けてあるという話しをした記憶はない旨証言していること(同前)などに照らせば、原告の右供述は信用性に乏しく採用することができない。)

(6) 平成四年一一月下旬ころ、村上税理士からスウェリーの帳簿が見つかったとの連絡があったので、その数日後、武川調査官が同税理士事務所に臨場したところ、村上税理士は、見つかった帳簿として原告が書いたと思われるスウェリーのホステス名、源氏名及び金額を記載したメモを提示しただけで、他の帳簿書類の提示はなかった。

八本統括官は、武川調査官から右の臨場の際の報告を受け、さらに同調査官からこれまでの調査の進展状況を聴取した上、調査で村上税理士事務所に臨場した際、帳簿書類の提示がない場合には、被告側の修正申告案を提示して、原告がその案で修正申告をする意思があるかどうかを打診するよう同税理士に依頼するよう指示し、併せて提示する修正申告案には、スウェリーに係る事業所得について昭和六三年分及び平成元年分の赤字がなかったものとした場合の修正申告すべき金額を記載するよう提示した。なお、昭和六二年分については、スウェリーの帳簿書類の提示がないので、その所得金額を確認することができなかったため、修正申告案には記載しないこととされた。

(7) 武川調査官は、平成四年一二月中に、村上税理士事務所を訪れ、同税理士に対し修正申告案を提示し、帳簿書類の提示がないのであれば、その案で原告が修正申告をする意思があるかどうか打診するよう依頼した。

村上税理士は、武川調査官から示された修正申告案を原告に伝え、その対応を両者で協議した結果、原告の平成元年分の貸倒金を全部自己否認する内容の修正申告をすることで、被告側の了承が得られるかどうか被告側の意向を聞いてみようという結論になった。

そして、村上税理士は、平成五年二月二日、武川調査官に電話をかけ、原告の平成元年分の貸倒金を全額自己否認するので、これで修正申告させてほしい旨申し立てたが、同税理士から帳簿書類を提示するとの話はなかった。

八本統括官は、同日、武川調査官から、村上税理士の右申立てについて報告を受け、原告が帳簿書類の提示要求に応えず、十分な修正申告をする意思もないことが確認できたことから、同調査官に対し、青色申告承認の取消し及び更正処分をすることを前提に調査を進めるよう指示し、さらに、再度、原告本人に会って、昭和六二年分のスウェリーの帳簿書類の提示を求めるとともに、その帳簿書類が現実にあるのかどうか、帳簿書類がある場合には提示するつもりがあるのかどうか念を押して確認してくるよう指示した。

(8) 武川調査官は、平成五年二月九日午前一一時一五分ころ、村上税理士に連絡することなく予告なしに原告宅に臨場し原告宅の入口のインターホンを使用して、「芝税務署の武川ですが、昭和六二年分ないし平成三年分の所得税の調査で来ました。」と告げたところ、原告は、インターホン越しに、「先生を通してください。」、「とにかく、会えない、どうしてもと言うなら、今日税務署へ行きます。」などと怒った口調で述べた。武川調査官は、「今日、税務署に来るのですね。」と確認したところ、原告は、「行きます。」と回答しただけで玄関のドアを開けなかった。

原告は、武川調査官が玄関前から去った後、直ちに村上税理士に電話をかけ、一緒に税務署に行ってほしい旨依頼したが、村上税理士から、現在税務署と交渉中なので同税理士が一緒に行くのはまずいと言われ、さらに、原告が一人で税務署に行くべきか尋ねたところ、村上税理士から行かない方がよいのではないかと言われた。そして、原告と村上税理士が右のような話をしている途中に、キャッチホンの割り込み通話により武川調査官から電話がかかってきた。これは、武川調査官が、原告が来署するかどうか不安であったため、原告宅のマンションの一階から電話してきたものであった。武川調査官は、その電話で、原告に対し、「先ほどの話ですが、今日来ていただけるのですね。」と確認すると、原告は、「やっぱり先生を通してもらわないと。」、「あんな高い税金払えない。」と答えたので、原告に対し、帳簿書類の保存義務について説明し、昭和六二年分の帳簿書類等を確認したい旨告げたが、原告は、「スウェリーの帳簿は二、三年前、事務所の改装の時捨てたわよ。」、「ダイレクトや不動産の書類はすごい量なのよ。あるわけないでしょ。」などと述べ、さらに、武川調査官が昭和六三年分及び平成元年分の確定申告書に添付された決算書の基礎となったスウェリーに係る帳簿書類等の保存状況について質問したところ、「ないものはない。あれば見せてるわよ。」と答えるだけであった。

そこで再び、武川調査官は原告宅に臨場し、「芝税務署の武川です。」と名乗り、原告に対しドアを開けるよう伝え、昭和六二年分の帳簿書類等の保存状況について質問したが、原告は、インターホン越しに「さっき言ったでしょ、捨てたのよ。この前の調査の時に見せた書類がすべてで何も隠してないわよ。」と答えるのみであった。武川調査官は、帳簿書類等を捨てて提示できないということは、青色申告の承認の取消事由になる旨伝えたが、原告からは何も応答もなかったので、そのまま原告宅を辞去した。

なお、原告及び村上税理士が同日税務署を訪れることはなかった。

(原告は、本人尋問において、武川調査官が原告宅に臨場した際に、同調査官から昭和六二年分の帳簿書類の提示要求はなく、原告が帳簿書類を捨てたとは言っていない旨、また、武川調査官が原告に対し、帳簿書類の不提示が青色申告承認の取消事由になることを告げたことはない旨供述するが、右臨場の際の原告と武川調査官のやり取りに関する同調査官の陣述書(乙一)の記載は、詳細かつ具体的であり、その真実性は高いというべきであって、これに反する原告の右供述は採用することができない。)

(9) 平成五年二月二二日、八本統括官及び永井上席調査官は、原告宅に臨場し、原告に対し、本件青色取消処分を含む本件各処分を通知した。

(10) なお、原告は、本件各処分に対する異議申立て及び審査請求の手続の過程で、その調査を担当した被告所部職員及び東京国税不服審判所職員に対し、スウェリーに関する売上帳二冊(昭和六〇年分、昭和六一年一〇月から昭和六二年一二月までの分)、総勘定元帳六冊(昭和六二年分(売上・仕入)、同年分(経費)、同年分(銀行・売掛)、同年分(現金)、昭和六三年分、平成元年分)、伝票綴り合計一八冊(昭和六二年分ないし平成二年分)など、本件青色取消処分がされるまでの調査の過程で提示されなかった帳簿書類を提示している。

(二) 右認定事実によれば、少なくとも、原告は、〈1〉平成四年一〇月二三日の原告宅での臨場調査の際、〈2〉同日の事務所等での臨場調査の際、〈3〉平成四年一一月四日の事務所での臨場調査の際及び〈4〉平成五年二月九日の原告宅での臨場調査の際に、武川調査官から係争各年分に関する帳簿書類の提示を求められ、このうち、右〈3〉及び〈4〉の際には要求された帳簿書類が提示されない場合には青色申告の承認の取消しもあり得る旨の警告を受けていたこと、しかるに、原告は、右帳簿書類の提示要求に誠実に対応せず、ダイレクトに関する帳簿書類など一部の帳簿書類を提示したのみで、スウェリーに関する帳簿書類については、これを廃棄したなどとして一切提示せず、不動産所得に関する帳簿書類についてもその一部しか提示しなかったことが認められる。

そして、規則六三条によれば、青色申告者は、その帳簿書類を七年間(ただし、一部の帳簿書類については五年間)、その者の住所地若しくは居住地又はその営む事業に係る事務所、事業所その他これに準ずるものの所在地に保存しなければならないとされているのであるから、原告が当時保存義務のあったスウェリーに関する帳簿書類などを廃棄したなどとして、これを提示しなかったことに正当な理由がないことは明らかである。

なお、原告は、武川調査官が平成五年二月九日に行った予告なしの原告宅への臨場調査が著しく不当であるとして、原告がその場での調査を拒否したことは正当であり、このことをもって、帳簿書類の提示を拒否したとみることはできない旨主張する。

確かに、原告が最初の調査の際に今後の調査については村上税理士を通すことを求め、武川調査官もこれを了承していたという事実を考えると、武川調査官が村上税理士に連絡することなく、原告宅で臨場調査を試みたことは、税務調査の在り方として妥当性を欠くとみられる点がないわけではない。しかし、原告は、単にその場での調査を拒否したにとどまらず、武川調査官がした帳簿書類の提示要求に対して、帳簿書類を廃棄したなどと述べて、帳簿書類の提示は一切行わないとの態度を明らかにしているのであって、原告の右行為が正当な理由のない帳簿書類の不提示に当たると評価されるのはやむを得ないものというべきである。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

3  以上によれば、原告の昭和六二年分の帳簿書類の備付け等が法一四八条一項に規定する大蔵省令の定めるところに従って行われていないものとして、法一五〇条一項一号の規定を適用して、同年にさかのぼって原告の青色申告の承認を取り消した本件青色取消処分は適法なものというべきである。

二  争点2(本件借入金の支払利子を平成二年分及び平成三年分の不動産所得又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるか否か)について

1  法三七条一項は、「その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額・・・の計算上必要経費に算入すべき金額は別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」と規定しており、右規定によれば、ある支出が不動産所得の金額又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるためには、客観的にみて、それが当該業務と直接関係があり、かつ、その業務の遂行上必要な支出であることを要するものと解するのが相当である。

2  そこで、本件借入金の支払利子が、客観的にみて、原告の不動産所得又は事業所得を生ずべき業務と直接関係があり、かつ、その業務の遂行上必要な支出であったか否かについて検討するに、原告は、本件借入金は、原告が平成元年から他に賃貸した本件建物の工事代金の支払に備えて借り入れたものであるが、工事代金の支払に関して工事請負業者との間で訴訟となり、その訴訟の長期化が予測されたことから、工事請負業者に対する請負代金の支払に充てられることなく、そのまま銀行に返済されたものである旨主張し、原告は、本人尋問において、これに沿う供述をしている。

しかしながら、証拠(甲四、五、一二、の1、一五、乙九、一二ないし一四)及び弁論の全趣旨によれば、平成五年一月三〇日、さくら銀行神谷町支店の原告の口座に本件借入金から利息及び印紙代を差し引いた四九七〇万〇五四八円が入金されたが、原告は、同日、同銀行三田通支店において、右口座から五一三五万円を払い戻すとともに(その結果、右口座の差引残高は一万四九二一円となった。)、三浦洋男の名義で、同銀行神谷町支店の同人の口座に五二六〇万円を振り込んだこと、原告は、本件各処分に対する異議申立ての手続の過程で、調査を担当した被告所部職員に対し、本件借入金の使途について、平成二年一月中に、原告の父高橋盛一からの借入金の返済として一〇〇〇万円、三浦洋男からの借入金の返済として二〇〇〇万円をそれぞれ支払い、そのほかに同人に一〇〇〇万円を貸し付けた旨答えていることが認められ、右事実に照らすと、原告が工事請負代金の支払に充てる目的で本件借入金を借り入れたという原告本人の供述については疑問を持たざるを得ない。

また、原告は、本人尋問において、一方においては請負代金の支払に充てることなく、そのまま銀行に返済した旨前記原告の主張に沿う供述をし、他方において、本件借入金を借り入れた当時、本件建物の建築工事に関連する費用として、原告自身が合計で五〇〇〇万円近い金員を支出していたため、本件借入金をその分に振り充てるなどした旨供述をし、その支出明細(甲一三)を提出しているが、仮に本件借入金の使途に関する事実関係が原告の右供述のいずれかであるとしても、いずれの場合も、本件借入金は本件建物の建築費用に直接充てられたものではないということになるし、本件借入金を本件建物の建築工事に関連する費用として自己の手持資金で支払っていた分に振り充てたからといって、建築工事に関してこれを使用したものと評価することはできず、また、甲一三において、本件借入金の借入れ後に支出したという費目もそれが実際に本件建物の建築工事に関する費用であるかどうかを明らかにする証拠はない。したがって、本件借入金の支払利子をもって、原告の不動産所得又は事業所得を生ずべき業務と直接関係があり、かつ、その業務の遂行上必要な支出であったということはできない。

3  右のとおり、本件借入金の目的及びその使途については不明な点が多く、原告が本人尋問において供述した事実を前提としても、本件借入金の支払利子をもって、原告の不動産所得又は事業所得を生ずべき業務と直接関係があり、かつ、その業務の遂行上必要な支出であったということはできないのであるから、右支払利子については、原告の不動産所得又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないというべきである。

三  本件各更正処分等の適法性について

1  本件各更正処分について

(一) 前示のとおり、本件青色取消処分は適法なものであるから、係争各年分について、純損失の繰越控除及び青色申告控除は認められない。また、本件借入金の支払利子を平成二年分及び平成三年分の不動産所得又は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができないことは前示のとおりである。

そこで、これらを前提に原告の係争各年分の総所得金額等を計算すると、前記第二の三(本件各更正処分について)1、2記載のとおり、その総所得金額等は次のとおりとなる。

(1) 昭和六二年分

ア 総所得金額 △ 七七七万八八七七円

イ 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

ウ 納付すべき税額 零円

(2) 昭和六三年分

ア 総所得金額 △二三一四万四八〇一円

イ 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

ウ 納付すべき税額 零円

(3) 平成元年分

ア 総所得金額 △一八二三万三六七一円

イ 翌年へ繰り越す純損失の金額 零円

ウ 納付すべき税額 零円

(4) 平成二年分

ア 総所得金額 一九五六万六六三七円

イ 納付すべき税額 五八六万九二〇〇円

(5) 平成三年分

ア 総所得金額 一八四六万三〇〇二円

イ 納付すべき税額 四八五万八七〇〇円

(二) 本件各更正処分による係争各年分の総所得金額、翌年へ繰り越す純損失の金額、納付すべき税額は、右の各金額と同額であるから本件各更正処分は適法なものというべきである。

2  本件各賦課決定処分について

本件各更正処分によって、原告は、平成二年分及び平成三年分の所得税について過少に申告していたことになるが、右各年分に係る更正処分により納付すべきこととなった税額の計算の基礎となった事実のうち、青色申告の承認の取消しにより純損失の繰越控除及び青色申告控除が認められなくなったことについては、確定申告においてこれを納付すべき税額の計算の基礎としなかったことについて正当な理由があったというべきところ、本件各賦課決定処分は、前記第二の三の4記載のとおり、通則法六五条四項により、右各更正処分により納付すべきこととなった税額から右の正当な理由があると認められる事実に基づく税額を控除した上で、同条一項、二項により過少申告加算税を賦課したものであるから、適法というべきである。

第四結論

以上のとおり、本件各処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

別表一

本件青色申告承認取消処分の経緯

〈省略〉

別表二

昭和六二年分 課税処分等の経緯

〈省略〉

別表三

昭和六三年分 課税処分等の経緯

〈省略〉

別表四

平成元年分 課税処分等の経緯

〈省略〉

別表五

平成二年分 課税処分等の経緯

〈省略〉

別表六

平成三年分 課税処分等の経緯

〈省略〉

別表七

更正処分に係る総所得金額の内訳

〈省略〉

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